アポロ13号 ②

着陸船は、本来は2人の人間が宇宙に2日間滞在するように設計されており、3人の人間が4日間も生存できるようには作られてはいなかった。酸素については、着陸船は飛行士が月面で活動する際、一旦内部を真空にしたり、戻ったあと再び船内を与圧したりする行程があるため、十分な量が搭載されていてそれほど心配する必要はなかった。 問題は、二酸化炭素(CO2)の除去に必要な水酸化リチウム(LiOH)であった。飛行士たちが呼吸をするたびに、船内に二酸化炭素が放出されるが、一定濃度以上の二酸化炭素は人体に毒性があるため、除去する必要がある。それを除去するためのフィルターに使用されている水酸化リチウムが、着陸船内に搭載されている量では、帰還まではとてももたないのである。予備のボトルは船外の格納庫に置いてあり、通常は月面活動をする際に飛行士が取りに行くのだが、今回は船外活動をするだけの電力の余裕がない。司令船内には十分な予備があるものの、司令船の濾過装置は、着陸船とは規格が全く異なっていた。 司令船のフィルターエレメントは四角形であり、そのままでは着陸船の円形のフィルター筐体に装着することはできない。そのため地上の管制官たちは、船内にある余ったボール紙やビニール袋をガムテープで貼り合わせてフィルター筐体を製作する方法を考案し、その作り方を口頭で飛行士たちに伝えた。こうして完成させた間に合わせのフィルター装置を、飛行士たちは形状や設置状況が似ることから「メールボックス」と呼んだ。

もう一つの問題は電力であった。司令船と機械船の電力源が燃料電池だったのに対し、着陸船は酸化銀電池を使用していた。燃料電池は、副産物として水が生成される。この水は飲料水として利用されるだけではなく、機器の冷却にも用いられる。酸化銀電池では水が得られないため、大気圏再突入の直前まで電池の出力は最低限度にまで抑えられ、飛行士たちも水を飲むことは極力控えなければならなくなった。 また電力を最低限度にまで落としたために、船内の温度は極端に低くなってしまった。ホットドッグが凍ってしまうほどの寒さになったが、飛行士は宇宙服を着ることはしなかった。内部はゴム製で発汗が促進されてしまうことを懸念したためである。また、このため空気中の水分が凝結し、計器盤の上に無数の結露が発生した。この水滴は、後で司令船を再起動する際に回路を短絡させる原因となるのではないかと懸念されたが、司令船にはアポロ1号の火災事故の後、その原因となった短絡や漏電への対策が徹底的に施されていたため問題となることはなかった。

帰還の直前、後の分析のために写真を撮るべく、まず最初に機械船を切り離した。飛行士たちが驚いたのは、酸素タンクと水素タンクを覆っている第3区画のカバーが、機械船の全長にわたってそっくりなくなっていたことであった。

着陸船アクエリアスを切り離した後、司令船オディッセイは無事太平洋に着水した。他の2人は健康状態には問題はなかったが、ヘイズ飛行士は水分の補給が不足していたために尿路感染症にかかってしまっていた。管制センターは宇宙船の軌道に影響を与えないために一時的に船外に尿を投棄しないよう指示していたのだが、飛行士たちはそれを誤解して、地球に帰還するまで尿の投棄をしないようにしていた。尿はビニール袋に貯めて船内に保管していたがビニール袋には限りがあるため、飛行士たちは排尿をすくなくするために水を飲むのをできるだけ控えており、そのためにヘイズは尿路感染症にかかってしまったのである。

月面着陸という目的は達成できなかったものの、爆発が発生したのが月に向かう途中のことで、着陸船の物資が手つかずの状態だったのは不幸中の幸いであった。

発射からおよそ46時間40分後、第2酸素タンクの残量表示は内部の絶縁体の損傷により、100%を切る値を示す故障が発生した。皮肉なことに、飛行士たちの命はこの故障によって救われた。故障の原因を探るため、飛行士はこの時点で低温タンク攪拌の操作をしたのだが、この操作が爆発の引き金となる(詳しくは後述)。この操作は本来の予定では月面着陸の後、すなわち着陸船分離後に行なわれることとなっていた。仮にこの故障が無ければ爆発は着陸船分離後に起こっていたと考えられ、この場合飛行士たちが助かる見込みはまずなかった。

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