父の話

父は話し好きでした。いろんな話を聞きました。

社会人となって夏休みに実家に帰った時に、父と仕事の話をしたことがありました。メーカーに勤めていたわたしは消費者からのクレームに対する対応の話をしました。消費者からのクレームは時として悪意をもったクレームもあります。露骨な金銭の要求はしないが、「誠意を見せろ。」の一点張り。こちらが根負けするのを待っている。そんな時、父がやくざからのクレームの対応をした時の話を始めました。父は神戸の新開地で飲食店に勤めていました。ある日、出された料理に対するクレームが出されたそうです。相手は明らかなやくざ。店での対応では収まりがつかず、やくざの事務所へ来い…という展開になったそうです。父は店を代表する形で単身、やくざの事務所へ乗り込んだそうです。父は事務所へ向かう前に菓子屋へ立ち寄ったそうです。そこで一番大きな箱に菓子を詰め込んで事務所へ行ったそうです。事務所へ行き応接に通されたそうです。父は菓子の入った大きな箱を脇に置いて謝罪を述べました。すぐに箱は渡しません。相手は大きな箱がとにかく気になる様子だったそうです。これが父の狙いだったとのことです。父は相手が早くその箱を手に入れたい気持ちがわかるとクレーム処理はこれで終わったと確信したそうです。相手のメンツをつぶさない対応ができたこと。さらに相手は大きな箱に気持ちが向いてしまっていること。父はすこしいじわるな気持ちで話を長引かせようとしたそうですが、しかし、相手は早々に話を打ち切り、手打ちとなったようです。その後、やくざのクレームはなくなったそうです。

父からは戦時中の話、戦後の話も聞いたことがありました。東京大空襲の話 テレビを見ていたら銀座の風景が流れていました。父は空襲の後、銀座は何もなくなっていた。焼け野原だった。頑丈なビルや蔵は残っていたようですが、多くの建物は焼失したそうです。また、渋谷の様子も教えてくれました。渋谷の駅あたりはすり鉢の底みたいな造りになっているため、ゴミ捨て場のようになっていたようです。焼け出された死体もここに多く運ばれて、山になっていたとのことです。

父からは戦後の様子も教えてもらいました。父は闇市の買い出しの手伝いをしていたころの話を教えてくれました。闇市での売買は表向きはやってはならないことですが、黙認された存在でした。野菜などを千葉や茨城の農家へ行って買い付けて東京へ持ち運ぶ役目だったようです。野菜などの食料を担いで戻る道中、浅草寺の交番の前を通り過ぎようとしたとき、警官の呼び止められたそうです。運んでいる荷物は闇市で捌く食料であることは明らかでした。警官は職務上、職務質問 当然 食料は没収されてしまいました。しかし、次の日も同じように農家から買い付けた食料を運ばなくてはならない。交番の前は避けて通れない。父は考えました。翌日の昼間に交番を訪れました。昨日のお詫びと称して菓子を差し入れたそうです。その時、警官は〇〇時に休憩があるとぼそっとつぶやいたそうです。父はこのつぶやきを聞き逃さなかった。警官が休憩となる時間に合わせて交番前を通過するようにしたとのことです。警察権力を無視した強引な売買は取り締まられたようですが、食料は配給では足りない当時、様々な抜け道があったようです。警官も人間です。当時は菓子等の甘いもの、砂糖を使った菓子は貴重品。みんなが欲しがる菓子は、袖の下には絶好の品だったのです。戦後のこの時代、上手く切り抜けた者は財を成したようです。そのやり口が善か悪かは別にして、知恵と行動力があったものが成り上がった時代でした。

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