子どものころ歯磨きが嫌いでした。そのため虫歯だらけになってしまいました。小学生のころから歯医者へ通っていました。その当時、神戸の長田区に住んでいました。長田区でも北部の方に住んでいたため坂道だらけでした。家から坂を下って歯医者まで歩いて20分ほどかかりました。とにかく歯医者へ行くのは憂鬱でした。昔の歯医者はとにかくがりがり虫歯を削りました。ここの先生はおじいちゃん先生でした。あまり会話もなかった印象です。麻酔もほとんど使わなかったと思います。とにかく痛い。虫歯を削り詰め物として終わり。詰め物が取れたらまた詰める。そんな感じでした。詰め物がとれてもすぐに歯医者にはいきませんでした。その時は今治水で痛みを和らげていました。当たり前ですが、そんな事をしていても虫歯は治りません。時間の経過とともに虫歯はどんどん大きくなるばかり。母親もわたしが歯医者に行きたがらないことを知っていました。家から歩いて行ける歯医者は残念ですがあまり評判がよい先生ではありませんでした。そのようなこともあり、母親は評判がよい歯医者を探してきました。その歯医者は母親のいとこが通っていたところでした。そのいとこのひとが言うには痛くない歯医者だ…ということでした。歯医者の場所は元町から三宮へ向かう途中にありました。昔 朝日会館という映画館がありました。そこから少し三宮よりのビルの中に歯医者はありました。小学生だったわたしは母親と一緒に歯医者へ向かいました。家から町へ出るときは市バスで神戸駅まで行くか、長田で高速長田から電車で移動するかのどちらかの方法でした。多分そのときは神戸駅まで行き歩いて元町商店街を抜けて三宮方向へ歩いて行ったと思います。
目的のビルに到着。エレベーターで歯医者のある階まで行きました。待合室の椅子はクッション性が高いふかふかの椅子でした。しばらくして名前が呼ばれて診療室へ。多分その当時では最新の設備だったのでしょう。地元の歯医者の設備とは違っていました。さすが都会の歯医者と思いました。早速治療が始まります。「痛くない」との前評判。しかし残念、やっぱりガシガシ削られて痛いのです。麻酔の注射をされましたが痛いのです。歯茎に打ち込む麻酔も痛い。漏れた麻酔薬が苦い。治療が終わり母親は痛かったかどうかわたしに聞きました。その時、正直に言えず母親は評判通りの「痛くない歯医者」と認識することとなってしまいました。あとから思えばその歯医者には子どもの患者はいませんでした。場所柄、患者は大人ばかりです。子供の治療はなれていなかったように思います。痛いと思いながらもしばらく通いました。町に行けるこことがうれしかったからです。一通り治療が終わってからはその歯医者へは行かなくなりました。
その後も歯医者嫌いは続きました。多少痛くても我慢しました。その後、特定の歯医者に通うことはありませんでした。その都度その都度 必要に応じて適当に行けそうな場所の歯医者に行っていました。就職して東京へ来ても同じような感じでした。川崎に住んでいた時、とにかく歯が痛くて休日診療所へ駆け込むことがありました。一時的な対応でしたが、その時に診ていただいた歯医者に通うこととなりました。向ヶ丘遊園駅に近いところにその歯医者はありました。休日診療で診てもらっときに丁寧に説明してくれました。患者の事を優先して考えてくれていることがよくわかりました。その歯医者には多分3年間くらい通うこととなりました。最初は必要な歯の治療。医療の後は定期的に検診のため通いました。多分、その時が一番歯の状態がよかったのではないかと思います。その後、川崎から都内へ引っ越しとなりました。引越し先でいい歯医者を探そうと思っていましたが、特にいたみがあるわけではないのでいつのまにか探すことを止めてしまいました。歯医者は歯が痛くならないとなかなか行こうとは思いません。
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